いろいろ

絵頭って何?

さーキャンプへ出かけよう!

さーキャンプへ出かけよう!

もうすぐ夏がやってきます。さ〜皆さん、外へ出て大いに遊びましょう!その前に、しっかり計画を立てましょう。そこで重要なものは何ですか?お金!当然です。場所!当然です。道具!そうです、すべて考えてから行動しましょう。楽しいスパイスについて書きましたが、ではどのようなときにスパイスを有効利用すると良いか。具体的な例を一つだけ。私の行っている方法は旅のしおりを作る事!1泊2日以上の旅行は計画書を作ります。家族が楽しめるという事もあり、しっかりとした計画表を作ります。どのレベルで作るか?旅行代理店が発行するぐらいきちんとしたものから、手描きのラフラフまで様々ですが、一応、作る側も旅行に出かける前から楽しめる利点もありますし、もらった方もフムフムとにやにやしながら見てくれるので、それはそれで楽しいです。もちろん計画通りに事が運ばない事もあります。ま〜それは現地に行ってからのお楽しみ。話を戻しますが、キャンプに出かける時の道具って、意外と現地についてから、あ!あれ忘れた!今度買って行こうと思ったのにって事がよくあります。私の場合ですが。そんな事を少なくするためにも、絵を書いてしっかり道具のチェックをしていきます。自分のまわりで必要なもの、テントまわりで必要なもの、食事まわりで必要なもの。その他遊び道具等、今回はどんなキャンプスタイルで行こうかなとか、その時々によって持ち物を限定しても面白いです。そんな時はとかく絵が役立ちます。後で見ても楽しいです。自分で想像しながら絵を書いていると、キャンプ場にテントを張って皆で楽しくご飯を食べている映像が浮かんできます。なんかワクワクしてきますよね。このワクワク感がとても重要で、楽しい事を様々な場面で作り出すと自然と日常が楽しくなってきます。想像の段階まで進んできたら、後は描きだすだけ。物を見なくたって想像でかまいません。持ち物を言葉で書いてから、絵でリストだししてみてください。きっとそのしおりは捨てられない思い出になるはずです。「挿絵は、キャンプに持って行く道具たち」

 

楽しいスパイスをふりかけましょう

楽しいスパイスをふりかけましょう

朝、河原を歩いているといろんな考えが湧いてきます。今瞬間の事、歩く道すがら見たもの、朝食の事、順を追っていろいろ今日明日、昨日のストリーが次から次へと流れて行きます。そんな中で自分はいつまで生きられるんだろうかと、ふと思いました。なぜそんな事を思ったかというと、ここ数年で住んでいる街が様変わりしました。しかもものすごく変わったのです。15年前に引っ越してきた当時の二子玉川は、まだ駅名も二子玉川園から変わったばかりで、園がガムテープで覆われているようなのどかな駅でした。駅前は広大な敷地にいぬたま、ねこたまがあり、片田舎の駅前ロータリーが広がる世田谷のはずれでした。ところがここ3年ぐらいで、すべてが変わり、巨大なショッピングモールとタワーマンションが立ち並び風景や風の流れまでもが一変してしまいました。そんな町並みを横目にのどかな河原を歩いていると、この新しい風景が街になじむのはいつだろうかと!そう感じる時、いったい何歳になってるんだろうとふと思うのです。もうすぐ50歳、男性の平均寿命が80.21歳だそうです。そうすると平均値で生きて30年。そう、もう生きた分生きられないのですね!ま〜まともに思考が働いて動けるのが20年でしょうか?え!短い!もうそれしかないの?基本的に楽天家の私も深く考えるとぞっとします。20年前って行ったら1990年代、バブルでうはうは楽しんでいた時代だよ。なんて考えてしまうのですね。そうやって思考を巡らすと、毎日をいかに楽しむかについて考えなくては!と思うのです。いや、考えるのではなく楽天家になろうと。短い人生の中で楽しめる事を増やすのはとても大切な事です。嫌いだからさけていた事も、いざ年老いてから始めると楽しかったり!久しぶりに嫌いだった友人とあったら楽しかったり。すべては時間が事を変えてくれます。時間の流れは早いです。でも急げ急げではなく、自分の時間で出来ることを淡々とこなして行くだけ。そこにスパイスとして楽しみを加えましょう。楽しみはスパイスで良いのです。そうしないと、楽しさも続くと普通になってしまうから。スパイスはいつもと違うひと味がおすすめです。そう、絵お描きましょう!ラクガキしましょう!手を動かしましょう!目の前にある手で何かを作ったのはいつでしょうか?スマホとPCをいじる毎日にスパイスを加えましょう!きっと「楽しい」という味な1日が完成します。私の場合、あと30年、きっと早いのだろうな〜「挿絵はキャラのラクガキ」

 

自分に潜む恐怖

自分に潜む恐怖

デビット・ケリーの話の中であった、恐怖の克服について掘り下げてみます。日常性格の中で恐怖を感じる事ってありますか?答えはノー!そう、例えば電車に乗って会社へついて打ち合わせして、仕事して。学生なら遅刻すれすれで授業に出て、うとうとしたら昼飯。のんびりなもんです。こんな生活の中には恐怖という言葉は無縁に思えます。しかし、考えている恐怖とは、突然地震がくるとか、地下鉄内が真っ暗になって止まってしまうとか?そういったたぐいではないのです。デビットの言う恐怖とは、自分の中に潜む恐怖であって、他人から植え付けられた恐怖、つまり自分には元々備わっていない外的要因からくる閉塞感を恐怖に例えているのですね。自分にはそんなこと言えない、そんなことは怒られるからできない、ルールを破っては行けない。つまり、蓄積されたいわれのない内なる恐怖なのです。これは誰でもが持っています。こんな事言ったら出世に差し支える、やった事がないからできない、彼女にふられたらどうしよう、これらはすべて内なる恐怖です。この恐怖を改善できれば、人は自由への一歩を歩む事ができます。がんばったから出世ができた。告白したらOKしてもらえた。だめ元で言ったらわかってもらえた。すべて恐怖からの克服であって、この達成感を味わうと、人は恐怖から解放され自由を手に入れる事ができます。絶対に無理!怖い!できっこない!と強く思うと、それが自分を洗脳し信念になってしまいます。そうなってしまうと、すべてがうまくいかなくなるでしょう。そんなときは描きだしてください!すべて描きだすと、面白いですよ!自分ってこんな事考えてるんだとか。この人とは仕事がうまく行かない、なぜ?噛み合ない事を絵と文字で書き出すのです。なぜ文字だけでなく絵をつけるか?それは文字よりもビジュアルが強いからなんですね。言葉の力は巨大です。でも絵は伝わりやすく和みます。理解しなくても絵は頭に図の認識として入ってくるので、何となくでも伝わるのですね。だから少しでもイラストが入っている本は読みやすかったり、難しい歴史構成は、漫画で伝えると人物像がはっきりと認識できるのです。どんなに腹立たしい事があってもディズニーランドへ行けば、誰もが微笑ましくなります。なぜでしょうか?ビジュアルのイメージが統一しているからなんです。つまりおとぎの国へやってきたという認識が、目から情報として入ってくるので、文章でディズニーランドとは?と読まなくても、視覚で洗脳させられるのですね。それだけ視覚で認識できる情報は、理解しなくても何となくイメージで伝わるのです。人間は一日60000回物事を考えると言います。その思考は常に別の事ではなく、堂々巡りも多いいでしょう。自分がいつも思っている事、常に頭の中で整理できない事は、一度絵や図で描きだし、ビジュアルで整理するとわかりやすいので自分でも理解度と納得度が早くなります。特に忘れたい事ほどずっと記憶に残る物です。これも描きだして整理すると、すっきりします。なぜかというと記憶を描き止めると安心感が生まれ、忘れてもこれを見れば思い出すからと、忘れていくのです。描くことはイメージの伝達です。自分の中に閉じ込めた内なる恐怖を描きだしてすっきりさせましょう!「挿絵はビジュアルのイメージは潜在意識に働きかけるの図」

 

 

NHK「まれ」

NHK「まれ」

あまちゃん以来ずっと朝の連ドラを見ています。なんかはまってしまって、見ずにはいられなくなっている自分がありました。今春からスタートした「まれ」。パティシエに憧れるまれが、子どもの頃から広告の裏側に、ケーキの絵と共にそのレシピを書き綴っているのだけれど、同様にマシェリシュシュの見習い浅井和也も勉強ノート(ルセット)にオーナーパティシエ池畑の考えたルセットを書き綴っていましたね。職業にもよりけりですが、絵がないと成立しない会話や、勉強法はあると思います。まれが言葉からイメージしたケーキの絵を想像で描いていたり、想像で描いた絵を見てこんなまずくない!という話になったり、絵は一瞬で人の気持ちを動かす力を持っています。イメージがダイレクトにつながるからですね。また描いた絵を見返すシーンも多いですが、自分の描いた絵だとその時の感じたイメージも戻ってきます。このイメージの原点回帰も絵ならではの特徴だと思っています。絵は言葉以上に視覚へダイレクトに訴えかけるので、イメージを忘れることがありません。それだけ潜在意識に入りやすいのです。絵を描く事は本当は自然なことで、表現の一部として用いれば、より言いたい事がダイレクトに伝わるし、なにより、ヘタ(ユニーク)であればある程、「何それっ?」と、その絵がきっかけで笑顔と、更なるコミュニケーションが深まります。無口に真剣にうまく描く必要はないのです。話しながらこんな感じ?あんな感じ?もっとわかりやすく!など、徐々にコツをつかんでいけば、自然と表現の一部になってくるはずです。「挿絵は思案中ラクガキ」

 

ラクガキって

ラクガキって

ラクガキって何?町中の看板や電柱に描いてあるやつでしょ?そうです。辞書を引くとラクガキ(楽書、落書)は、描くべきところでない場所に描かれた文字や絵と処してあります。でもあれはいたずら書きのこと、ここで話すラクガキは、楽に描く行為を日常に取り入れましょうという事。絵とか図というと、ものすごく構えてきれいに描かなくてはいけない、うまくなくてはいけない、分かりやすくと考えながら描くと、描けなくなってしまうんですね。だから楽に簡単で下手でいいからとにかく描いてみる。昔話で恐縮ですが、黒電話が一家に一台しかなかった頃、その脇には必ずメモがありました(少なくとも我が家にはあった)そのメモは、たわいもない話をするときに格好の手持ちぶたさの餌食でした。耳は電話に集中しているので、手の感覚だけでどうでもいい絵をぐるぐると描いては、電話を切ったあと、何だこりゃって思った記憶があります。また、授業中に新渡戸稲造さんの写真を見て、誰かがゴルゴ13に描き変えているのをみて、うまいな〜と思った記憶がありました。つまり、特別意識をしなくても何となく描いてしまう物がラクガキであって、誰でもいつでも表現できるものなのです。これを少しだけ仕事や日常に取り入れると、興味の対象が湧きやすく、打ち合わせなどは話のとっかかりになるのです。こんな感じで、とか。これとこれが必要です。と簡単な絵を添えるだけで、わかった!とイメージが伝わりやすいのです。あまり意識しすぎると絵はうまく描こうとするので、伝わる事だけを意識すれば、うまくなくたって十分です。余談ですが、私が子供の頃に、何だこれ?ってよく思っていた絵に、矢追順一さんのUFO番組に出てくる宇宙人を見た人の再現の絵がありました。こんな形の宇宙人がいたんです!ってとんでもない絵が現れて、すっげ〜何だこの宇宙人ってそのとんでもない下手な絵を見て創造力だけが膨らみ、5人ぐらいが描いた絵が出てくるのですが、みんな違うんです。太ってたり、やせていたり、目だけやたらでかかったりと、でもイメージは伝わってきました。あ〜通常の人ではないのだなって。それでも必死にイメージを伝えようとしてる人の勇気に共感を覚えた記憶がありました。絵は意外と描けるものです。下手だから人に見せるのなんて恥ずかしいと思わなくても、気軽に表現の中に入れると、その部分は誰も気にせず、あ〜わかりやすいね!って事になると思います。ぜひ、まずは人に見せなくてもいいので表現の幅を増やすつもりで描いてみてください。「挿絵は楽に描くイメージ」

 

創造力と想像力

創造力と想像力

Wikipediaによると、創造(そうぞう)とは、新しいものを産み出すこと。創作発明、あるいは新しい考え方など、オリジナリティの強いものに対し使うことが多い。創造力を育むには「退屈な時間」が重要と指摘されている。

想像力(想像する能力」とも呼ばれ、心的な像、感覚概念を、それらが視力聴力または他の感覚を通して認められないときに、作り出す能力である。)

さて、同じ発音の言葉、どちらも同じような意味合いで考えてしまいがちだが、かたや何か具体性がある物と、一方、感覚だけの物とに分かれるような気がします。この二つの言語、想像力(創造力)を働かせて考えてみよう!と日本語では簡単に言うけれど、意味合いはかなり異なってきます。英語では、創造力はCreativity、想像力はImagination、全く違った意味合いを持ちます。言葉は一言ですが、説明しないとわからない言葉は数多く存在します。コミュニケーションは言葉や、文字を使って多くを語られ、書き綴られてきました。イメージを絵にしてみろって言われても具体性がないので、なかなか絵でも表現できない物もあります。そんなときは図でも十分です。例えば想像(もやもやした図)した物を創造(明確な図形)する。など二つの図と言葉の組み合わせでもより言葉の違いを伝達する事ができます。文字と絵や図を組み合わせる事は、簡単な物で十分です。複雑な説明をしなくては伝わらないような言語を、より簡単な図や絵で解ける事を、創造してみてはいかがでしょうか?「挿絵は創造のラクガキ」

 

デヴィット・ケリー

デヴィット・ケリー

IDEOの創設者で、スタンフォード大学教授のデヴィット・ケリーはTEDのプレゼンテーションの中で、ダクディーツについて語っています。話の中で、MRiを怖がる小児科へ来る子どものために、ダクディーツ(MRI開発者)はMRIの部屋ごと冒険心あふれる装飾を施した所(He turned it into an adventure for the kids.と言っています)、麻酔を打たなくては受けてもらえなかった子どもたちが、8割から1割に減少したと言っています。ケリーの語る、想像力の欠如は恐怖心からの欠如であって、克服すれば誰でもクリエイティブな人間になれると説いています。全くその通りだと思います。絵を描く、スケッチを描く、物を作るなど自分で何かを表現する行為は正直恐怖でしょう。人から何を言われるのか?ほめられるのなら良いですが、笑われたり、けなされれば一生トラウマになって描く事、作る事を否定するでしょう。でも恐怖心から解放されれば誰でもが想像豊かな生活を送れます。またケリーは、恐怖からの克服する行為を「guided mastery案内付きの習得」として、心理学者バンデューラの話を引用しています。これは、徐々に少しずつ誘導される事で恐怖心の心を説いて行くと言った方法です。想像を働かせ創造性豊かな暮らしをする上で必要なことは、恐怖から克服し、自ら、もしくは他社の引導によって何かを生み出す事です。身近なものでも、仕事でも何でも良いと思います。出来るならばマニュアルから逃げ、自分の頭で最良のアイデアを考えて、自分の思う通りに創造性豊かに暮らせる事を望みます。是非苦手なもの、逃げているものから少しずつ克服する事を試みてください。「挿絵は、ダクディーツが創造したMRI」

 

絵は解決の糸口

絵は解決の糸口

誰でも悩み、問題をかかえています。私も少なからず悩みや問題を抱えています。といってもそれが自分の人生に大きな影響を及ぼすかというとすぐには影響する事は少ないでしょう。でも、あれが気になる、これをやっとけばと思考の中には常に浮かんだり沈んだり、街を歩いていると突然ポッと現れたり、神出鬼没で思考は気まぐれです。常に頭の中に神出鬼没の悩める思考が出入りしていて集中力が出ない人は、絵を解決の糸口とすると、意外と問題点の核が見つかります。まずは、紙の中心に現在の自分を描きます。そこから四方に悩んでいる内容、考えている事などをぐるりと書き出します。これは言葉と図を使うとわかりやすくなります。出てきた自分を取り巻く問題点のさらに外側に、原因と発生を描いていきます。いつから考えているのか・そもそもの原因は何だったのか?できるだけわかりやすく描きます。相手がいる人は似顔絵でもいいでしょう。なるべく細かく、今の思考に残っている事をすべて描いていきます。さらに、どうしたら解決できるのか理想をその外側に描いていきます。これも夢物語でいいので描いていきます。そのような鳥瞰図のラクガキを描くと、自分が普段何を考えているのかがまとめてわかります。思考は一つ一つしか考えられませんが、絵や図に表すと思考の全体像が見えてきます。そうすれば、解決の優先順位、これとこれって悩みが似ているとか、同じ事ばかり考えてるとかいろいろな事が見えてきます。そうすると次ぎに何が起こるかというと、今まで考えていた事が、客観的に見えてくるのです。この客観性が非常に大切で人の悩みや問題というのは自分の事と違うので、客観的なアドバイスが行えたりしませんか?同様に自分の事でも一度外に出して俯瞰で眺めると、客観的に見る事でき、解決の糸口が見えてくるのです。根深い問題や、どうにもならない事ももちろんあります。それでも描き出すと、外に出しただけで思考を視覚で確認できるので、また違った見え方で考えられるのです。もちろん、解決できるかどうかは自分次第です。そこから何だこんなことだったのか?とか、あれを買えば解決だな!とか、一度彼(彼女)に話してみようとか、メールに託そうとか、アイデアがきっと出てくるはずです。考えるだけではなく、自分の思考を一度表に出してみませんか?「挿絵はラクガキ仕事術で用いたイラスト」

想像力を鍛えよう!

 想像力を鍛えよう!

想像力って何だろうって考えた事ありますか?妄想力とも言うでしょう!こんな自分になりたい、あそこへ行きたい、これが欲しい、こんな仕事がしたなどなど、自分の持っていない物や姿を思い浮かべて将来獲得できる自分に重ね合わせるのが想像です。想像はすばらし!なぜなら現在の街の姿や、着ている洋服、乗っている車、飛行機、電車、食べている野菜や果物に至るまで、すべて人が想像力によって生み出した物だからです。嘘でしょ!って思うかもしれませんが本当です。大成建設に勤めているときに私の仕事はプランニングをする事でした。将来こんな街ができたらいいな、こんなビルが建ったらいいなという、未来構想のプランニングです。それを数十年後には変わっているかもしれませんが、現実に街の構想になったり、テーマパークができたりしています。詳しくは守秘義務があって書けませんが、現在のユニバーサルスタジオを日本に誘致したのは我々のチームです。当時は名前がハリウッド映画村でしたが(笑ってしまいますね)。当時、東映映画村というのが鎌倉あたりにできてにぎわっていたと思うのですが、その時代にユニバーサル映画のテーマパークを日本に作ろうとしていたのです。その後2転3転したのでしょうか?現在の大阪にできる頃には既に退職していましたが。そのように現在皆さんが楽しんでいるテーマパークや町並みは誰かが必死に考えて、妄想して戦った結果出来上がった物なのです。つまり想像が形になっているのですね。はじめはすべて紙の上です。お見せできないのが残念ですが、さんざんテーマパークのエントランス、敷地構成、この映画が面白い、あれがいいと毎日想像と妄想の繰り返しです。そのきっかけはイメージを形に表す事です。もちろんプロフェッショナルなので、きちんとしたスケッチもありますが、10秒スケッチのような思いつきを描き綴ったラクガキの集積が大きな成果につながっていきます。そう考えると、レシートの裏に描いた何気ないスケッチやラクガキだって将来ビックな仕事になるかもしれません。これも立派な想像力なのです。だから皆さん、想像してください。妄想して下さい。描いてください。きっと頭の中には誰にもまねのできない面白い想像が浮かんでいるでしょう。「挿絵は踊る人のラクガキ」

 

好きな物をひとつだけ

好きな物を一つだけ

毎日物を見ているようで、実際視覚で捕らえている物って自分が気になった物だけだと思うのです。あとは正直スルー。これが自分も含めた日常の視覚だと思うのです。赤ちゃんは見る物すべてに興味があって、身近な物は手に取って感触で味わい、口に入れて味覚で味わいます。本来我々も見ただけ善し悪しを判断せず、触ったり口にしたりして、安全かそうでないかを判断するのでしょうけれど、知識がつくとそこまでしなくても判断能力が備わり自分の興味の対象から外していきます。そんな中で、自分が興味を示すもの、大好きな物を一つだけ描いてみましょう!1分間スケッチでもいいです。10秒スケッチだけでもいいです。全体を描いて細部を描いて印象を描いていくとそのものが何かという事がわかってきます。物って本当によく見ないと勝手な判断で決めつけている事が多いのですね!最近朝散歩のときに猫の写真を撮るのですが(スケッチでなくてごめんなさい)、5時ぐらいに必ず近所を回ってえさをあげているおばさんがいるのです。その人の自転車がくると、どこからともなく猫が集まってくるのです。毎日そんな光景を目にしていると、猫っていっぱいいるんだな〜なんて、何となく思っていたのですが、いざ写真を撮ろうと思うと、なかなか見つけられないのですね。本当にあれここら辺にいたよな?って感じで、目を凝らしても、いないのです。何が言いたいのかっていうと、いると勝手に決めつけていたけど、探すといないといった経験でした。さらに興味を持って探すと、今度は一定の場所でひなたぼっこをしている事に気づきます。あ〜居心地のいい場所があるのかと。それからは猫が居心地がいいだろうという場所を探す事にしました。そうすると必ずいるのですね。興味を持つとその対象物、つまり猫から探すのではなく、猫が好きそうな場所、食事の時間帯、行動半径など気になる場所と時間を探すと見つけ出す事ができます。また猫によっては人との距離感も違います。2m以内に入るとすぐに走り出すポーズをするもの、触っても全然へっちゃらな子もいます。猫に限らず、好きな物を様々な角度から観察し、写真に撮ったり、スケッチしたりするとその対象物との距離が近くなってきます。私ももう少し近所の猫と距離が縮まったらスケッチを描こうかと思っています。自分の好きな対象物を見つけたら、様々な角度から観察してみてはいかがでしょうか。きっと知らない事だらけだと思います。もっと距離を縮めるためにもスケッチや観察日記もいいですね。これからの季節、花咲き、虫も出てきます。自然の対象物を探すのもいい季節になりました。季節のおり、ぜひ簡単スケッチをお勧めします。どーも、私はまだ猫にはすかれていないような?「挿絵は今は亡き愛犬の1分スケッチ」

1分スケッチ

 1分スケッチ

簡単スケッチを毎日続けると、いつでもどこでもさらっと描けるようになります。私の研修の話はしたと思いますが、工事現場でじっとしている事は出来ません。次から次へと作業は進んで行くので考えている暇はありません。とにかく目の前にあるものを何をしているのか?どんな流れなのか?何が出来上がるのか?全くわからない現場へ放り込まれた私は、覚えるだけで必死でした。毎日朝7時前に出社。西馬込の社員寮から5時半に起きて出る毎日です。ついたらすぐに本日の行程チェック、、社員打ち合わせ、本日の段取り、作業確認、これを8時までにすませ、8時からラジオ体操、職人との打ち合わせ、行程チェック、などなどもう戦争です。17時にすべてが終わり、そこからが本日の行程チェック、明日の行程チェック、本日の日誌、などなど会社を出れるのが早くて10時、ほとんど24時近くなり、タクシー券をもらってかえる毎日でした。もちろん休みは日曜だけ!こんな中、どのように自分の事をしようか?出来るのは本当にスケッチぐらい。1分あれば良い方です。10秒ぐらいで描かなくてはそこで何やってんだ〜って頭領からも怒られます。下っ端は監督でも怒られます。そんな日々の中工程表にずっとラクガキを描いていました。もちろん秘密ですが!職人の技術を見る事もさながらついでにどんな流れなのかもしっかり記憶して、歩きながら描いていました。こんな状況でも自分が楽しめる事を考えていないとつらいのですね!よほど仕事が嫌いだったんだな〜とつくづく思います。そうでもしていないと本当に頭ん中が真っ白になっておかしくなってしまいそうな状況でした。ま〜今はそんな状況も無くなりましたがいま改めてスケッチを見ると、あそこの場所だとか、職人の笑顔まで浮かんできます。今思えばどんな仕事も楽しもうと思えば楽しめるのですね。「挿絵は階段に流し込んだコンクリートをサカンする職人」

 

目から入る情報が9割

目から入る情報が9割

普段、我々が生活している中で目にしている物はほとんどが形です。9割以上の情報が入ってくる身の回りの物はほとんどが立体物、つまり造形でできていて、そこから視覚で捉えている立体物をこれは椅子の形、車の形、階段、標識などと認識しているのですね。しかし表現するとなるとどうでしょうか?ほとんどが文章と言葉、つまり文字で表現し、言語を使って言葉で表現します。しかし見ている物はリアルな空間と造形物です。そこで見ている物を表現に加える事ができる物が絵や写真です。先にも描いたように、絵は選択肢を持てます。好きな物を誇張して好きなように表現できるのです。よく犯罪者の似顔絵はうますぎる絵より、少しヘタな方が伝わりやすいと言います。その通りで、写真でばっちりとらない限り、毎日顔を合わせている家族の顔でさえリアルに描く事は難しいのです。ほとんどが特徴的な部分しか見ていないのですね!我々は毎日同じ場所、同じ物を見てるとします。しかし10人いたら10人違う見方をしています。実際に同じ物を描いてもらうと全く違う形、全く違った表現になるでしょう。しかし似ているところがあります。それは雰囲気です。何となくこんな感じかな?といった空気感でとらえる言葉では何とも表しがたいような表現は、見ているすべての人に共通します。そのぐらい、日常の物の記憶は曖昧で、物は何となくしか見ていないのですね。絵も同じでいいのです。何となくこんな感じで表現できるのが自分の手で描く絵なのですね。リアルに伝わらなくてもこんな感じだよね!で十分なのです。人は毎日情報の9割は造形物を見ています。今PCでこの文章を見ていると思いますが、その文章が表示されているのはPCという立体物です。文字や写真から情報を得ている事に意識が集中しているだけで、実際ほとんど目にしている物は立体的な物なのですね。そんな毎日見ている物を少しだけ気にしてみてはいかがでしょうか?表現の領域を広めるためにも簡単なスケッチを描いてもいいでしょう。描く事を意識すると、とらえる目を鍛える事ができます。特徴を捉え、大きさ、空間をとらえる事ができます。少し意識するだけで、回りにこんな物があったんだと気がつく事が多くなり、知識や表現力の幅も広がってくるはずです。 お出かけの際はペンと紙を忘れずに!「挿絵は造形物のラクガキ」

 

記憶で描いてみる

記憶で描いてみる

10分の法則では記憶力がよくなる話に触れましたが、いっその事絵を記憶で描いてみるのはいかがでしょうか?ちょっと上級者?確かにそうかもしれません。でもこれも訓練です。記憶力は年々低下していきます。朝ご飯何食べたっけ?ってお昼時に考える事もあるでしょう。若年性アルツハイマーも多くなってきています。さ〜記憶力をつけましょう。でもどうやって?私の方法は一生懸命思い出すのです。昨日の出来事を朝から順を辿って思い出していくのです。そうそう、あそこで視た物がよかったとか!もう一度視てみようとか?場面場面で記憶をたどるとそのときの情景が思い出されるはずです。それを日記に描いたのが「渡邊トシヒロのサバイバル日記」です。これは次の日の朝、必ずつけている絵日記です。面倒くさいよそんなこと!って思わないでください。私も記憶のサバイバルをしているのです。そう、忘れてしまうんです。すぐに。毎日毎日仕事に追われていると、スケジュールをこなすだけで一日が終わる事もしばしば。3月にとても悲しい感覚を味わいました。3月初めにスタートした仕事が、3月22日納めだったので、3月に入ったとたんに、22日に向かってスタートし始め、常に22日の事を考えながら打ち合わせを繰り返す日々を送っていました。ようやく収まった仕事、終わったーと思ったら、3月も終わりでした。まるでその月の季節感がないのです。気がついたら桜が咲いてました。こんなことありませんか?そう、日常は早いです。ものすごいスピードで時間は過ぎていきます。でも朝早起きして、ゆっくりと時間を追って前日の事を考えるのです。私の場合ですがそれを描き出します。絵日記として描きだすのです。こんな物視た。こんな体調だった。こんな場所へ行った。もちろん仕事だけではなく、帰りに立ち寄った場所や、食べたもの。買い物から失敗談まですべてとはいきませんが、記憶に残っている物だけを描きだすのです。これを繰り返していると何が起こるかというと、3ヶ月前の第二日曜日何してた?って聞かれて即答できる人は多くないと思うのですが、私の場合、絵日記を見ると鮮明にその日の出来事が思い出されるのです。しかも順を追って思い出せるのです。記憶は頭の中に残っていますが、きっかけがないと思い出せないものです。そのきっかけがこの絵日記なのです。読み返すとそういえばこのときこんな事やった。あ〜あれおいしかったな〜なんて、絵を見ながら思い出せるのです。もちろん写真でも同じような事を思い出すでしょう。でも決定的な違いが一つだけあります。それは気になる物だけに焦点を当てられるという事です。絵は好きな物を自由に描けるので、記憶に残った色や形で十分です。印象が残れば十分なのです。写真は必要な情報以外すべて映り込んでしまいます。欲しい情報以外にもすべてが映り込んでいるので、よけいな情報も読み取ってしまいます。ま、いい部分、悪い部分、どちらもあるとは思いますが。とはいえ、記憶力が衰え始めたなと感じたらこんな方法もよろしいのではないでしょうか?何より、後から見返すと結構笑いのネタになります。「挿絵は旅行中の記憶スケッチから」

 

10分の法則

10分の法則

毎日10分聞けば英語がすらすら話せるように!毎日10分やるだけで、腹筋が割れてくる!毎日10分やるだけで!ってフレーズ耳にした事ないですか?名付けて10分の法則。別に15分でもいいと思うのですが、切りのいい10分やれば何でもできるような錯覚に陥るのですね。でも何が大切か?継続は力なりという事です。先に描いた研修中に1分で描くラクガキを6ヶ月続けていると、ちょっと見ただけでその場の雰囲気や形を記憶する事ができます。コツは30秒真剣に見る、全体を見て細部を見て雰囲気を見て。30秒で十分です。頭の中に何となくぼんやりと記憶に残ったら、すかさず描き写すだけ。これで1分ラクガキ完成!毎日この見る行為、表現する行為をささっとやるだけでいろいろな事を習得できます。まず物をよく見るようになります。物って見ているようで見ていないのですね。例えば「自転車描いて」って言われたら、タイヤは2つある事はわかりますが、フレームがどうなっているのか迷うでしょう。答えは三角形が2つ並んでいるだけ(基本的な形)意外と見ているようで見ていないのが日常なのです。でも30秒いろいろな事を考えてみるだけで、記憶力が倍増します。また高齢者ならぼけも防止になると思います。自転車の話に戻りますが、じっと見るだけでフレームの形、タイヤの位置、サドルとハンドルの関係、ペダルの位置、おのおのを見るだけで、人がどのような姿勢で乗るのかも想像できます。一つの物を視るるだけでもいろいろな情報を得る事ができます。これを情報だけでとどめず、表現するとさらに記憶に残ります。表現する事は少しの勇気があればできます。間違っていても描き直す必要はないのです。間違った部分を記憶していなかっただけなので、わからなかった部分は次の時に補えば問題ありません。ちょっとした事でわからなかった事がわかり、表現できる領域が増えてきます。一日、10分の法則、一日、1分の法則、一日、1品の法則、何でもいいです、自分で決めごとを作り始めれば豊な時間を送る事ができるでしょう。「挿絵は、1月になくなった愛犬、チョコ」

 

リンゴのマーク

リンゴのマーク

このマークを見て、現代の人であれば誰でもアップル社のマックを想像するでしょう。でもアップル社が出現するまではリンゴと言えばニュートンの法則だったり、ビートルズだったりと、その時代時代で象徴の捉え方が変わります。もしかしたら次の時代もこのリンゴのマークを見たら「あ〜何んとかね!」とすぐに反応する物や人が現れるかもしれません。それだけ絵や図は象徴性があり、共有制があるのです。これを言葉で表そうとすると、各言語が必要になってきます。でも絵なら一つでいいのです。立派な共通言語にもなります。言葉がわからないときは下手な絵でもいいので絵で伝えようとすれば一発で欲しいもの、行きたいところ乗りたい物が伝わります。コミュニケーションの一つとして絵や図が描ければ言葉や文字と同様に表現の幅が広がるのです。細かく描く必要はありません。「リンゴをかじればアップル社」のように特徴を少しだけ押さえれば、立派なコミュニケーションができるでしょう。もちろんそこに言葉や文章が加わればより楽しいコミュニケーションが広がると思います。現代の生活は選ぶ思考になっています。気がつかないでしょうが、何かを作り出す、自分の感覚で何か行為を起こすではなく、作られた物を選ぶだけです。PCやスマホ便利な物は一点を押すだけの選択ですべてが成り立っています。だんだんと自分で何かをゼロから生み出すという行為をしなくなってきていて、そんなのめんどくさくなっちゃうのですね!そんなときはラクガキから始めましょう!ペンと紙があればいつでもどこでもかけます、しかも自由に!皆さん、自分の理想はなんですか?多くの人はお金持ちになりたい、南の島で優雅に暮らしたいというでしょう!ではその根底にあるのはなんでしょうか?自由なのですね!実はみんな自由になりたいのです。好き勝手に行きたいときに行きたい場所へ、食べたいときに食べたい物を。しかし制約があってすべてはできません。でも先に描いたように、絵ははじめっから自由なのです。自由を求めるならば、ラクガキをして自分の理想、自分の夢、何でもいいです。好き勝手に描いてこんな事がしたい、こんな贅沢な暮らしがしたい!と、好き勝手に描けばいいのです。もちろんきちんと描かなくたって自分が描いた物は自分がよく知っています。一枚のノートの隅っこに描く小さな絵からスタートしてもいいです。1ヶ月かけてノート一枚に好きな事やりたい事を描いてください。きっとその絵が自分を励ましてくれるときがくるはずです。(挿絵は、私が旅行に行くとき必ず描く持ち物リストの一部です)

 

 

 

不思議な魚達

不思議な魚達

何も考えないでペンを走らせていると何が描けますか?何も描けない?それもアリです。私の場合なぜか魚になるのです。なぜか?わかりません。釣りが趣味という事もあり、魚はよく目にするし、水族館も大好きでいろいろな魚を観察しては模様や色等をじっくり見るのが好きなんです。そんな影響なのかも知れません。ただ何も考えないで紙に絵を描くと必ず不思議な生き物を描いてしまいます。でも原型は魚。人の脳ってどうなっているんだろうと自分でも考えてしまうことがあります。意識すればいろいろなものが付属されるのですが、本当に手だけ動かしても絵って描けるんです。皆さんも何も意識しないで描いたときに何が描けるか試してみてください。ヘタでもかまいません。きっとそれが一番根底にある好きなものかもしれませんね!(挿絵は自由に描いた魚達です)

 

1989年の手紙

 1989年の手紙

HPの表紙で流れる手紙。この手紙は1989年に自分宛てに送った手紙です。スイスのチューリヒを旅行中に投函した手紙です。内容はというと、宝の地図が中に入ってるんです!笑っちゃいますね!宝の地図、何だそりゃ!と思うでしょう!これは旅行に行くと私が必ずやる面白い遊びの一つなんです。宝と言ってもたいした物は隠していません。その日に飲んだビールの王冠だったり居酒屋でもらったおつりだったりと、たいした物は隠してません。でもそんな小さな宝物をどこか人目につかない場所へ埋めてその場所を地図に託し、国際郵便で自分宛に送るのです。そんな手紙が家のどこかに散らばっています。今手元にあるのは1通のみ!あとはどこかへ行ってしまいました。隠したのは数知れず!手紙が届いていない場所もあります。イースター島からの手紙、バリ島からの手紙、ハワイからの手紙、シチリア島からの手紙、いろんな国々から送ったけどいったいどこへ行ったのだろうか?これが数十年後、誰かが見つけてその場所へいって探し当て、小銭と王冠が出てきたら面白くないですか?な〜んだって!でもそこの場所へたどり着く勇気に乾杯!そんな遊びがあってもいいですよね!もちろんラクガキの地図がはいっています。そんな地図を描いた手紙が世界中から届いたら面白いだろうなって25年前に思いついて送った手紙です。未だ誰も開封していません!これからも多分開封されないでしょう!手元にある限り。

 

ペンと紙があれば何でも叶う

ペンと紙があれば何でも叶う

絵を描くのに必要なものは、紙とペンだけ。それだけあれば十分です。後は空想を描くだけ。見た物を描くのもよし。言葉を絵にするのもよし。描く行為は自由なのです。何を描いても怒られる事もなく、間違いもないのです。文章は接続詞が違えば全く違った文章になってしまいます。でも絵なら大丈夫。線が曲がっていようが、大きさが違っていようがイメージが伝わればそれでok。もちろんきちんとした製図ではきちんとした線が必要ですが、ここで話しているのはラクガキの話。自由気ままに好きな事を自分の表現方法で表せばよいのです。いきなり絵なんて描けないという方は、近所を散歩したとき目に留まった草花や建物、猫や鳥など目につく物をさらりと描いてみればいいのです。はじめはこんな表現しか描けないと思うでしょう。でもその絵が10枚、20枚とたまると楽しくなってきます。また、見返すとその情景が思い出され記憶がよみがえります。絵を描く事は記憶力がよくなるのです。その話は後ほどとして、私のラクガキコレクションというファイルがあって、黄色い表紙の透明なポケットが40ポケットぐらいあるファイルなのだけれど、そのファイルに会議資料だの、ちょっとしたレシートの裏などに描いたラクガキをファイルしているのです。黄色いラクガキファイルは20代の後半に勤めていた会社内で描いていた物がほとんどで、50〜60冊ぐらいたまっています。時代時代でファイルにしたり、スケッチブックにしたりいろいろですが、20年経った今見返すと、面白くて仕方がありません。またそのときの記憶も鮮明に思い出されます。まだ会社に入りたてのときに研修で6ヶ月間羽田空港に配属され、現場の監督をまかされたときに、毎日毎日作業のチェックと職人さんへ指示を出さなくてはいけなく、工事現場内をうろうろとする日々を送りながら、いったい俺は何をしているのだろうと会社を辞めたくなりました。6ヶ月間の研修は途方もなく長い時間で、こんな事をするために会社へ入ったのではないと、毎日明日やめる、明日言ってやると悔しさでいっぱいの思いで過ごしていました。そんなときにそうだ気分転換に絵を描こうと思い、チェックリストの裏側にボールペンでぐちゃぐちゃにラクガキを始めたのです。はじめはむかつく気分晴らしと、見た事のない工事の光景を残しておこうという思いから毎日数枚は描こうと描いていました。しかし、じっと立ち止まって悠長に描いている暇などなく、午前中、午後、夜とやる事は無数にあり、立ち止まってかける時間は1分か2分ぐらい、あっという間の時間です。そのなかで表現できる事と言ったらラクガキぐらいしかなく、本当に見た物の形と雰囲気を描き殴るといった程度でした。そんなつらい研修も終わり、そんなスケッチをしていた事すらも忘れたある日、ふとラクガキファイルを見るとものすごいスピード感のある絵に目が泊まると突然そのときの情景が浮かんできました。あのつらさの中描いた絵が今となっては何だこれって感じで笑えるぐらい雑な絵でした。それでもそのときは死活問題ぐらいの状況の中で残したスケッチは今でも大切にとってあります。自分の何気ないスケッチやラクガキは時代時代の情景を鮮明に思い起こさせてくれます。時間が立てばつらかった事も笑い話になります。自分がやりたかった事、しなくてはいけない事を絵やラクガキで残すと、すっと記憶の中にとどまり、見るたびにその頃の思いをよみがえらせてくれます。そしていつか思い出が現実につながっていきます。一日一日がとぎれとぎれなように思える毎日ですが、続けていく事ができる行為を持てば、いつか強い力になってかえってきます。たとえそれがラクガキであったも20年もたつと立派なイメージのコレクションになるのです。お金をかけなくても自分が楽しめることは、自分で作り出す事が一番だと気がつく瞬間がそこにありました。(挿絵は昔作っていた家具のスケッチです)

 

絵を描くのは難しくない

  絵を描くのは難しくない

絵を描くというと少なからず抵抗を受ける人が多いはず。幼い、恥ずかしい、へたくそ。それぞれ様々な理由で絵を描かなくなっているとおもいます。でも少なくとも小学生までは皆さん、一生懸命描いていたはず。今日もデパートの地下を歩いていると壁面一面に「私のお母さん」というタイトルで、1年生から6年生までの絵がずらりと並んでいました。1年生は1年生なりに、6年生は6年生なりのすてきな絵が飾ってありました。さすがに現在48歳の私は母の絵は描きませんが、子供たちの描く母の絵を見ていると自然と顔がほころんできます。絵には人の気持ちを安らげる効果があるのです。もう一つ、先ほどありがたい手紙を2人から受け取りました。メールという方法も選択技にあると思いますが、はがきや手紙で送られてくるととても新鮮でした。出版のコーディネータをされている方からの手紙だったのですが、自分のかわいいイラストが最後に描かれていて、とても暖かさが伝わる手紙でした。文章だけのきれいな文字で綴られるはがきや、写真もすばらしいですが、ご自身でちょっと描いた自分のイラストがあると、すごくその方の情景が浮かんできます。絵は確かに描く事自体勇気がいる事ですが、ヘタでいいのです。面白おかしく伝われば十分です。メールのOsaka書体ので綴られる一辺倒の文章より、手紙で送られる限られた文面に小さなイラストが描いてあると本当に相手の心温まる気持ちが伝わってきます。皆さんもぜひ一度手書きのよさを試してみてください。(イラストは、ホテルの扉から眺めた風景です)

 

 

 

絵は便利な道具

絵は便利な道具。

コミュニケーションの道具として言葉を話すのは当然の事。しかし、お互いが抱くイメージはお互いが納得いくものだろうか?ましてや言葉の違う外国人とのコミュニケーションや、職種の違う人たちとの話の中でお互いが同じイメージを抱くのはなかなかぴたりとかみ合う事は難しいでしょう。でもさらりとヘタでも絵が描ければどうでしょうか?絵で描いたものは視覚で伝わるので、感覚ではありません。明快な図としてお互いの認識になるのです。以前、富山に出張に行ったときに、ホテルの駐車場に車を止めたいので「駐車場はどこでしょうか?」 と訪ねると「ホテルの裏側の交差点を左折して、2本目の路地を入った奥のエリアが当方の駐車場になります」といわれ、車で行くも全くわからず。駐車場だらけでどこがホテルのエリアかもわからず、もう一周してホテルへ戻り、「よくわからないのですが?」と言うと、「メモに簡単にここに自販機があるので、その先の路地を曲がった奥の方です」と簡単な図を描いてもらったら、一発でたどり着きました。言葉は正確な情報を話してもイメージは勝手に明確な路地が2本あるものだと思っていたのでした。その地図に描かれていた路地は本当に細く、車が1台やっと通れるような路地で、東京の感覚で2本目の路地を左折といった感覚では明らかに見過ごしてしまう路地でした。路地の先にはホテルの名前がでかでかと描かれた駐車場がありました。「もっと手前に描いてくれよ」とつぶやいたのは言うまでもありません。絵を描く事は難しい事ではありません。ヘタでいいのです。絵を描くイコールうまいヘタではなく、コミュニケーションのツールの一つと感あえれば、伝われば十分です。そのために絵や図を描く事を意識すれば、今まで以上にコミュニケーションがうまくいくはずです。

 

絵を描くという事

 

 絵を描くという事

絵を描くという事はなかなか大人になるとしませんね!そうなんです。その手の職業でないとなかなかしないのです。と思っていたら先日、日本赤十字のイベントをお手伝いした時の話です。表参道で行われたイベントの担当部署が総務部だったのですが、担当の池山さん(名前出してごめんなさい池山さん!)がほとんど絵で会話する人だったのです。「このイベントでこんな感じの物を作りたい!」「こんな感じ」とすらすらと絵を描いてくれたのです。もう一発でイメージ伝達終了です。細かい修正は数あれど、基本的なイメージはやはり絵で描いた方が早いと言う事を実感しました。また、池山さんは絵がうまかったのでよかったですが、わたくしのラクガキでも「あ!そんな感じです、絵うまいですね」ってほめていただきました!まーそれはそれとして絵というのは本当に伝える事が一瞬で通じるすばらしい手段だと感じた瞬間でした。ちらりと手帳をのぞいたのですが、手帳の中にはたくさんの絵が描いてありました。デザイナーやアーティストでなくても自分だけが人に伝える手段として絵を使っている人が身近にいる事を実感する瞬間でした。(挿絵はタヒチの空港で描いた太ったおじさんのラクガキです)

絵頭って何?

絵頭「えあたま」は物事を想像するときにズバリ、具体的な映像を思い浮かべる事です。例えばご飯を食べるとき、今日はラーメンを食べたいと思ったとき、具体的に頭の中にどんなラーメンなのか?みそ味か醤油味かそれとも塩味なのか?その次に今まで食べたお店が浮かんでくると思います。その浮かんでくる映像こそがビジュアル脳なのです。脳裏に浮かぶ物は誰でも表現する事ができます。具体的に表す言葉ならば、例えば「今日は大勝軒のラーメンが食べたい」となるはずです。これを映像で思い浮かべるとより食べるイメージが強くなり、既に大勝軒のラーメンを目の前にした感覚を具体化するための行動に移る事でしょう。これを日常で我々は自然に行っているのです。つまり、今日はラーメンが食べたいので「大勝軒」に食べにいこう!という行動になります。この絵頭をいろいろな場面で活用する事で具体的な行動を引き起こそうそうすれば、人と人、人と物、人と場を上手につなぎ合わせてくれるはずです。しかしただイメージするだけではいけません。なぜならば、思考はすぐに消えて忘れてしまうからです。考えている事を持続するのは実は非常に難しい事なのです。「今とてもいい事を考えていたのに」って思っていても違う行動をとると、「あれ?今考えていた事何だっけ」ってなる事もしばしばあるでしょう!そこで活用するのが「ラクガキ」なのです。気負わず気軽にさらさらっと描いておけば、言葉より具体的な頭の中に浮かんだイメージを書き出せるからです。もちろん絵はうまいにこした事はありません。しかしすぐにうまく描くのは難し。難しい事はしたくない。そうならないためにも「ラクガキ」でよいのです。簡単にイメージした物を描き出すだけでよりイメージが鮮明になる事を実感できるでしょう。「挿絵は、旅行先で飲んだジュースを描いた絵です」

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挿絵

とある小説の挿絵 1

とある小説を5年前に描いた時、絵も入れようと絵を描き始めたら絵が面白くなってしまい、挿絵に2週間もかけてしまい、結局どっちがメイン何だかわからずとりあえず、数枚描いたものがこの地下都市。

とある小説の挿絵 2

とある小説を5年前に描いた時、絵も入れようと絵を描き始めたら絵が面白くなってしまい、挿絵に2週間もかけてしまいました。大きな未来都市の一部を描いたものです。

とある小説の挿絵 3

とある小説の挿絵です。表紙に使った山の絵です。

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